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東京高等裁判所 昭和54年(行ス)19号 決定 1980年1月18日

抗告人 鹿島町

相手方 細野雄一

主文

原決定中、抗告人に対し、抗告人が昭和五〇年一二月二一日に実施した昭和五一年度職員採用第二次試験において、受験者一五名についてなされた口述試験の採点表(宮本健夫採点分を除く。)の提出を命ずる部分を取り消す。

相手方の右口述試験採点表についての文書提出命令申立てを却下する。

理由

一  本件抗告の趣旨及びその理由は、別紙記載のとおりである。

二  記録によれば、本件本案訴訟事件は、相手方が、第一次的に、抗告人の昭和五一年度職員採用募集に応じ、第一次試験に合格した後、昭和五〇年一二月二一日に実施された第二次試験にも合格し、遅くとも同月二六日頃までに抗告人の職員に採用されたのに、抗告人から昭和五一年三月二七日付け文書をもつて、何らの合理的理由もなく右採用を取り消す旨の通告を受けたとして、右採用取消処分の取消し等を求め、第二次的に、右昭和五一年三月二七日付け通告が不採用処分にあたるとしても、右各試験に合格していることなどを理由に、右不採用処分が違法、無効であるとして、その取消し等を求めるものであり、抗告人は、相手方が右第二次試験に合格したこと及び抗告人が相手方を職員に採用した事実を否認し、抗告人のした不採用処分が違法、無効であることを争つていること、右第二次試験は、相手方を含む第一次試験合格者一四名他一名の計一五名を対象として、町長及び試験委員四名(助役、総務部長、企画室長、総務課長)が面接して口述試験を行う方法により実施されたものであり、相手方が抗告人に対し提出を求める原決定理由第一、一、1の口述試験採点表(以下「本件文書」という。)は、右試験委員四名が右面接の結果について、各受験者毎に作成したものであり、その内容は、身上関係等に関する一〇項目の質問事項についての記載のほか、「態度・話しかた・思想・意思・その他特に気のついた点」の五項目についての評価、採点(一〇〇点満点)を記載したものであること、抗告人においては、右第二次試験実施後、本件文書のほか、これに記載された採点結果と先に行われた作文試験の採点結果とをそれぞれ各試験委員毎に集計して作成した一覧表等を資料として、右各試験委員が、採用を必要とする職種、員数をも勘案して、町長同席の下に各受験者の採用の可否について意見を交換し、決定権者である町長が右試験委員らの意見を参酌して最終的に採否を決定する建前になつていること、本件文書は、法令上その作成が義務づけられているわけではなく、以上のとおり職員採用の可否を決するにあたつての抗告人内部の一資料として作成されたものであることをそれぞれ認めることができる。

三  ところで、抗告人主張の抗告理由から明らかなように、本件においては、抗告人が現在本件文書を所持しているか否かについても争いがあるのであるが、この点はともかくとして、そもそも抗告人が、相手方の主張するように、本件文書につき民事訴訟法三一二条各号により提出義務を負うかを以下順次検討することとする。

1  まず、相手方は、抗告人が同条一号により本件文書の提出義務を負う旨主張するが、相手方指摘の昭和五一年九月三〇日付け抗告人準備書面中の記載部分は、昭和五一年度の職員採用に至る経緯を説明する過程で、相手方が不合格とされた第二次試験においてどのような事項について質問が行われ、どのような項目が評価の対象となつたかを明らかにする趣旨で、口述試験採点表の用紙である乙第六号証を引用しただけであつて、それ以上に、各受験者毎、各試験委員毎の具体的採点結果等の記載された本件文書の存在及び内容を自らの主張の裏付けとして引用したものとまではみられないというべきであり、他に抗告人が本件本案訴訟事件において右引用をした形跡はうかがわれないから、相手方の前記主張は採用することができない。

2  次に、相手方は、本件文書につき同条二号の適用を主張するが、前記二で認定した本件文書の作成目的、用途等からすれば、このような文書について相手方がその閲覧を求めうる実体法上の権利を有するものと解すべき根拠は、到底見出しえないから、相手方の右主張も失当である。

3  更に、相手方は、本件文書が同条三号前段の文書に該当する旨主張するけれども、右同号前段にいう挙証者の利益のために作成された文書とは、挙証者の法的地位、権利、権限等を証明し、あるいはこれらを基礎づけるために作成された文書を意味するものと解すべきであつて、相手方主張のように、自己の合否が地方公務員法一五条の採用基準に基づいて決められているか否か等を知る手がかりになるというだけでは、本件文書が右同号前段の文書に該当するものとすることはできないのみならず、先に認定したように、本件文書が職員の採否を決するにあたつての抗告人の内部資料として作成されたものであり、また、先に認定した抗告人の職員採用の仕組みからすると、本件文書に記載された相手方を含む各受験者の採点結果等が直ちに相手方の採用と結びつくわけのものでもないことなどを考えれば、本件文書は右同号前段の文書に該当しないものというべきである。

4  最後に、本件文書が同条三号後段の文書に該当する旨の相手方の主張について検討するに、本件文書は、前認定のとおり、その作成が法令上義務づけられているものでもなく、職員の採否を決するにあたつての抗告人内部の一資料として作成されたものであり、ひつきよう抗告人の固有の使用のために作成された内部的文書というべきものである。そして、その作成は後日の公開ないし外部関係者の閲覧を全く予定していないのみならず、記載内容のうち前記五項目の採点結果なるものは、その項目自体から明らかなように受験者の人格に対する試験委員の主観的評価たる面を多分に有するものであつて、右評価の適正を期する見地からいつても、本来公開ないし外部関係者の閲覧に適さない性質のものであり、しかも、本件文書のうち相手方以外の受験者の分に関しては、右五項目の採点結果のみならず、前記一〇項目の質問事項に関する記載についても、個人の秘密の保持が十分考慮されなければならない(なお、右秘密保持について右受験者が有する利益は、抗告人において自由にこれを放棄ないし処分しえないことはいうまでもない。)。したがつて、本件文書は所持者においてこれが訴訟の場に提出されないことにつき正当な利益を有するものであり、本件文書が前同条三号後段の文書に該当するとして、抗告人にその提出義務を認めることはできないものというべきである。

四  以上の次第であつて、抗告人が本件文書につき民事訴訟法三一二条各号により提出義務を負うものとは認められないから、これにつき提出命令を求める相手方の本件申立てはすべて却下すべきものであり、原決定中、抗告人に対し、本件文書のうち宮本健夫採点分を除くその余の口述試験採点表の提出を命じた部分は失当であるからこれを取り消し、右口述試験採点表についての相手方の本件申立てを却下することとして、主文のとおり決定する。

(裁判官 小林信次 浦野雄幸 河本誠之)

別紙

抗告の趣旨

原決定中、第一項を取り消す。

相手方の文書提出命令申請を却下する。

手続費用は全部相手方の負担とする。

抗告の理由

一、原決定

相手方は、当事者間の昭和五一年(行ウ)第三号採用取消処分取消請求事件について、昭和五一年一一月四日付にて「口述試験採点表」と「採用候補者名簿」の提出命令の申請をなし、水戸地方裁判所昭和五一年(モ)第七八二号として係属中のところ、同裁判所は昭和五四年一〇月二五日付をもつて左記主文のとおりの決定を為した。

主文

相手方(抗告人)は、相手方が昭和五〇年一二月二一日に実施した昭和五一年度職員採用第二次試験において、受験者一五名についてなされた口述試験の採点表(宮本健夫採点分を除く)を水戸地方裁判所に提出せよ

申立人(相手方)のその余の申立を却下する。

二、原決定の理由

原決定の主文第一項の理由としては、抗告人の総務部長宮本健夫が該文書は「各委員のを一緒にして保管してあると思います。」「私の方で保管しております。提出できます。」と証言し、抗告人の企画室長五十里武も「これは保管されてあると思います。」「総務課の保管じやないかと思うんですが、一寸記憶がはつきりしません。」と証言しているところから、右文書の所持を認め、かつ、右採点表が民訴法第三一二条三号の文書に該当するとしたものである。

三、しかしながら、抗告人において採点表原本を保管場所から出そうとしたところ、見当らず、宮本健夫作成分のみが宮本健夫の個人的綴内に発見されたため、右採点表の集計表が作成された後は町としては保管していないことが判明したものであり、宮本も前記証言は錯誤によることに気付いたものである。

すでに、採点表を集計した結果を明らかにした文書を証拠として提出してあつたため、宮本としては確認せずに採点表は倉庫に保管中と考えて、当然提出できるものとして前記の証言をしたものであつたが、いざ提出しようとして倉庫内を調べたところ、見当らなかつたものである。

四、抗告人としては、採点表を所持するとすれば、民訴法第三一二条三号後段の文書にあたるか否かは別として、内容的にはすでに提出した文書とほぼ同一であるから、提出を拒むべき実質的な理由は無い。

所持の有無の判断にあたつては、この点も充分考慮されるべきである。

五、右のような事情があり、かつ、その旨の主張をしたのであるから、前記宮本および五十里の各証言のみにより文書の所持を認定した原決定は不当であるから第一項につきその取消を求める。

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